<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
   <title>きらきらな世界</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/" />
   <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://anonlthr.com/atom.xml" />
   <id>tag:anonlthr.com,2011://4</id>
   <updated>2011-12-23T00:05:03Z</updated>
   <subtitle>海外行ってみたいなあ</subtitle>
   <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type 3.36</generator>

<entry>
   <title>好きな映画</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2011/12/post_18.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2011://4.327</id>
   
   <published>2011-12-22T08:06:46Z</published>
   <updated>2011-12-23T00:05:03Z</updated>
   
   <summary>美しすぎて泣ける、切なくて泣ける、という映画が好き。 自分の中に古風な面があって...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      <![CDATA[美しすぎて泣ける、切なくて泣ける、という映画が好き。


自分の中に古風な面があって、このダイレクトなタイトルを嫌っていた。


試写の案内が来てはいたが放っていた。


この手の映画はどうも、とタイトルから勝手に想像していた。


試写のハガキの写真もダイレクトだ。


そんなある日、映画配給会社の女性から電話があった。


映画を観てもらって宣伝広告文を頂きたい、ということである。


もちろん映画が気に入られたらの話ですが、とDVDを送ってきた。


『ポルノグラフィックな関係』だった。


もちろん、<a href="http://www.rental-station.jp/" target="_blank">プロジェクター レンタル</a>して観ました。

]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>思想と占い</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2011/06/post_17.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2011://4.304</id>
   
   <published>2011-06-30T04:22:34Z</published>
   <updated>2011-06-30T23:05:03Z</updated>
   
   <summary>竹下元総理大臣は、あらゆる意味で日本人の代表者だと思います。 人間、誰しも、長所...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      <![CDATA[竹下元総理大臣は、あらゆる意味で日本人の代表者だと思います。


人間、誰しも、長所も欠点もあります。


竹下氏が国民的な人気が低い理由は、ここでは書きません。


ただ、この数十年来の日本の総理大臣経験者や現在の全政治家の中で最も大きな仕事を成し遂げ・・・


そして、今後も更なる大きな仕事を成し遂げる可能性を有した政治家が、竹下元首相なのです。


今や、竹下氏は日本を始めとする全世界の政治問題の基本であるべき地球環境を楯にして・・・


日本の政治家のみでなく、全世界の政治家をも「竹下ペース」「日本ペース」に取り込みつつ、更なる政治実績を示そうと野心を燃やしているのが現状なのです。


果して、日本人集団思考とアメリカを始めとする先進諸国集団思考の同一線上でその頂点に立つ「竹下思考」が、他の日本の政治家や世界の政治家同様・・・


自分の思考を何一つ変えないまま一般国民を見下した意識次元で地球環境を改善出来るのでしょうか。


この話について気になった方は<a href="http://www.uranai-king.com" target="_blank">電話占いのランキング</a>をどうぞ。


]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>商品群</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2011/06/post_16.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2011://4.301</id>
   
   <published>2011-06-18T04:38:21Z</published>
   <updated>2011-08-11T07:44:17Z</updated>
   
   <summary>敗戦5年目にあたる昭和25年、経済界で注目すべきことは・・・ いわゆる「朝鮮戦争...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      敗戦5年目にあたる昭和25年、経済界で注目すべきことは・・・


いわゆる「朝鮮戦争特需」による戦後経済の復興と、前年からひきつづいた各種生活物資の配給や価格統制の撤廃でしょう。


24年から25年にかけて、米や砂糖など、一部のものを除いて、木炭、出版用紙、魚、パン、牛乳、タバコ、みそ、しょう油など・・・


これらの生活物資がぞくぞく自由販売となり、これらの商品が市場に出回るようになりました。


それにつれて、一般消費財の広告もまた活発化してくるのです。


そんな商品群のなかに、避妊具や避妊薬もはいっていた。



      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ハイネスロフティー？</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2011/03/post_15.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2011://4.279</id>
   
   <published>2011-03-09T06:46:02Z</published>
   <updated>2011-08-05T01:38:42Z</updated>
   
   <summary>余談になりますけれど・・・ あるマンションの名前に「ハイネスロフティー」というの...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      余談になりますけれど・・・


あるマンションの名前に「ハイネスロフティー」というのがあるんです。


しかし、highnessというと、Your Highnessの「閣下」をすぐ連想しますが・・・


loftyがついているので「高さが高い」といった意味になりましょうか？


・・・ま、それはいいとしてhigh idealとlofty idealといった場合loftyの方が「高尚な」感じがしますね。


では次に、early、quickly、soonの使い分けについて。


ところで、われわれの間違いやすいものに early、quickly、soonがあると思うんですが・・・


ある大学の入試に


「近所の人がすぐに手をかしてくれたので、私たちはおもったよりはやく仕事を終えた」


・・・というのがあるんですが、どれを使うかという問題が出たわけです。




      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>印刷が可能なもの</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2011/03/post_14.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2011://4.277</id>
   
   <published>2011-03-05T09:32:09Z</published>
   <updated>2011-03-09T06:48:16Z</updated>
   
   <summary>現在、空気と水以外はすべての物に印刷が可能だといわれているほどで、印刷の対象とな...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      <![CDATA[現在、空気と水以外はすべての物に印刷が可能だといわれているほどで、印刷の対象となっている素材は、紙だけでなく、プラスチックや金属、布、一木材などと非常に種類が多いです。


そのため、インキもそれぞれの素材に合うように選択し、使用する必要があります。


つまり、水性のペンでプラスチックに文字を書いても、こするとすぐに落ちてしまうが、油性のペンで書けば落ちないというように、インキでも紙やプラスチック、金属などの素材に合わせてインキの特性を考えて利用しなければならないのです。


中でも、プラスチックフィルムなど紙以外の物へ印刷する際には、インキのビヒクル中のバインダー(接着剤の役目をする樹脂分)を考えてインキを選択することが重要になります。


つまり、紙への印刷ならばインキが紙の繊維の中に浸透していって定着したりするが、プラスチックフィルムなどへの印刷では、インキをプラスチックの表面に接着させる必要があるためです。


今の時代では、<a href="http://www.recycle-toner.com/" target="_blank">リサイクルトナー</a>も活用されています。

]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>豊かな表現力商品</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2011/02/post_13.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2011://4.275</id>
   
   <published>2011-02-19T08:13:38Z</published>
   <updated>2011-08-09T07:47:53Z</updated>
   
   <summary>豊かな表現力商品や企業の戦略において・・・ 表現力の乏しいことが理由で失敗した例...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      豊かな表現力商品や企業の戦略において・・・


表現力の乏しいことが理由で失敗した例を挙げればきりのないくらいです。


高質化する生活変化のなかで、この商品が、この広告表現が、このキャンペーンがどのように位置づけされるのかという企業の自己主張が・・・


ターゲット層に十分に理解される豊かな表現力を必要とされています。


真実性とドラマ性&quot;ドラマは、真実よりも、より真実に近い&quot;とよく言われる。


一見、矛盾したことばであるが、これはまったくそのとおりです。


これと同じことが、絵画や音楽の世界でも言われています。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>魅きつけられるもの</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2011/01/post_11.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2011://4.269</id>
   
   <published>2011-01-24T03:34:55Z</published>
   <updated>2011-04-04T06:25:09Z</updated>
   
   <summary>稚内に咲くが入ったいい名前だが、「ワッカ・サク・ナイ」は(飲み水のない川)の意味...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      稚内に咲くが入ったいい名前だが、「ワッカ・サク・ナイ」は(飲み水のない川)の意味です。


ここに訪れるのはこれが三度目です。


一番最初は北海道　ツアーバスで、二度目は貸自転車で、そして三度目の今回は車で。


3回とも交通手段が違っているのが面白いが、自分の家の近くでも行ったことのない場所がたくさんあるのに、北海道のこんな最果ての小さな集落に、三度も訪れているのも不思議な気がする。


ここにはとくに何かあるという場所ではない。


天気がよければ利尻富士の眺めがいいというくらいだ。


しかし、最果ての劉炮どした雰囲気を過分にそなえた場所で、何となく魅きつけられるものがあるところだ。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>美々貝塚</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2011/01/post_12.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2011://4.273</id>
   
   <published>2011-01-02T04:17:06Z</published>
   <updated>2011-04-05T07:45:20Z</updated>
   
   <summary>美損塚が形成されたのは約6000年前の縄文前期の頃、混土層をほとんど含まない純貝...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      美損塚が形成されたのは約6000年前の縄文前期の頃、混土層をほとんど含まない純貝層で、河口や湾に鵜するヤマトシジミを主体に15種類の貝が出土している。

大小四つの地点貝塚で、最大のもので径15m、最大貝塚層1・2mで貝のほか錘や石斧・石鍬・骨角器・土器などが見つかっている。

美損塚から千歳線を越えて西へ、美々川沿いに鐡触跡群がある。

新千歳空港離設のための調査申に発見された縄文早期からの遺跡である。

この地域では産出しない黒曜石や日高地方との交易を物語るヒスイなどが出土し池繊との結びつきをうかがわせる。

また、2500年前の縄文晩期の動物形土製品(国重文)も出土しているが、なにをモデルにしたのかがわかっていない。

さあ、北海道　札幌グルメも楽しまないと。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ゴッホを知る　8</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2010/10/8.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2010://4.88</id>
   
   <published>2010-10-12T08:24:40Z</published>
   <updated>2011-03-09T06:48:16Z</updated>
   
   <summary>例によって、ゴッホの、緻密で鋭敏な色感と、あふれ出るようにことばを並べていくに応...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      例によって、ゴッホの、緻密で鋭敏な色感と、あふれ出るようにことばを並べていくに応じて、オリーヴの色ばかりではなくその質感までも生きいきとした手触りをもって浮ぴあがってくる語りくちには、感嘆するほかはないでしょう。


しかも、それだけに尽きるものではありません。


ゴッホは、オーヴェルでゴーギャンに書いた手紙のなかで、


「君はオリーヴの畑を見たことがあるかね。


いま現代独特の悲痛な表情をしたガッシェ医師の肖像を描いている。


言うなれば、これは君が『オリーヴの畑のキリスト』で語ったのと同じようなものだ


・・・と述べています。


この2つの文章を結びつけてみると、ゴッホにおいては、麦や、糸杉ばかりではなく、オリーヴもまた、死という源泉から刻々に養分を吸いとりながら伸びているものであることがわかります。


ゴッホの描いたオリーヴの、あの青く冷たい焔のような姿は、彼の内部のこのような動機のあらわれなのです。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ゴッホを知る　7</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2010/10/7.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2010://4.87</id>
   
   <published>2010-10-02T08:20:11Z</published>
   <updated>2011-03-09T06:48:16Z</updated>
   
   <summary>この時期のゴッホの作品は、一方で死に身を委ねながら、そういう根源から生れ出てくる...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      この時期のゴッホの作品は、一方で死に身を委ねながら、そういう根源から生れ出てくる動性そのものを、対象のうちに生かそうとするという動機につらぬかれていると言っていいでしょう。


ひまわりが、アルル時代のゴッホのもっとも重要な主題のひとつだったとすれば、サン・レミ時代のそれは、彼が「線といい比例といい美しく、まるでエジプトのオダリスクのようだ」と感嘆し、「これは日の当った風景のなかにある黒い斑紋だ」と評した糸杉。


この2つの主題の形態上の相違が、そのまま、画家の態度の相違を表わしていると言っていいでしょう。


ひまわりは、太陽と生命をたたえるように輝きながらも、画面のなかに、しつかりとした均衡をもってつなぎとめられているのに対して、糸杉は、文字通り、黒い炎となって、よじれ、波打ち、燃えあがっています。


主題をなす糸杉ばかりではありません。


背景をなす野も山も空も、混沌として、うごめき、ゆらぎ、渦巻くのです。


サン・レミ時代のゴッホの、もうひとつの重要な主題はオリーヴであって、彼は、この主題について、こんなふうに語っている。



「オリーヴ畑は実に特色が豊かだ。


何とかそれを捉えようと懸命になっている。


あるところは銀色、あるところはもっと青く、ある『部分はまた緑がかり、青銅色にこげ、それが、黄色い、ピンクの、紫を帯びた、あるいは黄土色を帯びて、鈍い赤土色にまでなっている地面のうえに白く見えている。


しかしこいつを描くのは、いやはやなんとも難しい。


しかし金色や銀色のまんなかで仕事をするのはぼくにはいいし、気持ちを引きつける。


そして、おそらくぼくは、いつか、向日葵の黄色におけるように、このオリーヴ畑からぼくの個性的な印象を描きだすだろう」。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ゴッホを知る　6</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2010/09/6.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2010://4.86</id>
   
   <published>2010-09-10T08:18:36Z</published>
   <updated>2011-03-09T06:48:16Z</updated>
   
   <summary>次のようなことばは、アルル時代のひまわりの絵の、あの見事な黄金色の背後に閉じこめ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      次のようなことばは、アルル時代のひまわりの絵の、あの見事な黄金色の背後に閉じこめられていたものが、今やゴッホの自覚的な主題となったことをうかがわせるでしょう。


「仕事は順調に進んでいる。


いま発病数日前に手がけた或る画布にとり組んでいる。


これは草を刈る人の習作で真黄色、恐ろしく厚塗りをしてあるが、モティーフは美しく単純だ。


つまり、ぼくは、この草を刈る人のなかに・・・


炎熱のもと仕事をやりとげようと悪魔のように闘っている朦朧とした人物のなかに・・・


人間は彼が刈る麦みたいなものだという意味で、また死のかげを見たのだ。


だから、l言わば、これは前に試みた種まく人とは反対のものだ。


しかし、この死のなかには、何ら陰響なものはなく、純金の光にあふれた太陽とともに、明るい光のなかでことが行われるのだ」。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ゴッホを知る　5</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2010/09/5.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2010://4.85</id>
   
   <published>2010-09-02T08:16:10Z</published>
   <updated>2011-03-09T06:48:16Z</updated>
   
   <summary>サン・レミは、アルルの北東、25キロほどのところにあります。 ゴッホが入院したサ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      サン・レミは、アルルの北東、25キロほどのところにあります。


ゴッホが入院したサン・ポール・ド・モーゾールの精神病院は、町から少しはなれた高原に、薄よごれた白っぽいけだもののように、ひっそりとうずくまっていました。


病院の前は、一面にオリーヴの林が続き、その彼方に、鋭い岩肌を見せた岩山がそびえています。


右手の少しくだったところに、何本か、くろぐろとした糸杉が見えました。


ゴッホは、この病院で、1890年の5月まで、1年を過ごしたのです。


彼は、ここで、周期的に襲って来る発作や、発作への不安に苦しみながらなおも制作を続けるのですが、その作品が、単なる衰弱と評しえぬものであるのはもちろん、それまでの仕事の継続でもなく、ある新たなる展開を示していることは、まことに驚くべきことでしょう。


そこには、アルル時代の作品が持っていたような、緊迫した、しかし一種の静誼につらぬかれた安定はもはや見ることは出来ません。


しかし、だからといってそれは、単なる崩壊、単なる解体ではないのです。


そういう崩壊や解体に身を委ねながらも、それを、言わば普遍的な生のリズムとでも言うべきものに導いているようなところがそこにはあります。


解体が、まさしく表現の契機と化しているようなところがそこにはあるのです。


「こんな絵を描くためには何度も死なねばならない」というのは、彼が、ヌエネン時代に、レンブラントの作品について語ったことばですが、ゴッホも、ここで、死のなかからよみがえっているように見えます。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ゴッホを知る　4</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2010/08/4_1.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2010://4.84</id>
   
   <published>2010-08-12T08:09:15Z</published>
   <updated>2011-03-09T06:48:16Z</updated>
   
   <summary>1月7日、ゴッホは退院して家に戻りますが、2月9日、再び病院に連れ戻されます。 ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      1月7日、ゴッホは退院して家に戻りますが、2月9日、再び病院に連れ戻されます。


その月の27日には、彼の病状に不安を覚えた市民たちの請願で病院に監禁されることになります。


しかし彼は、こうした状態にありながらも、不屈の意志をもって、再び制作にとりかかります。


彼が描いたのは、たとえば、酒瓶、水差し、パイプ、玉ねぎ、煙草入れ、ローソク立て、マッチ箱、テオからの手紙、医学書など、彼の生活を支える品物を描き込んだ『玉ねぎのある静物』。


「子供でもあれば殉教者でもある船乗りたちが、その絵を氷島の漁船の船室で見たら、自分の子守唄を思い出させるあの揺りかごに揺られているかんじ」を表現しようとした『揺りかごを揺る女』。


そして『耳を切った自画像』です。


これらの絵は、当時の彼が求めていたものをおのずから示していて、なんともいたましいのです。


4月の末、彼は外人部隊へ入ろうと考えます。


絵を描き続けうるかという不安、テオへの心づかいなどが激しく燃え上がったための思いつきでしょうが、何とか気を持ち直し、5月8日、サン・レミの精神病院へ入院するのです。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ゴッホを知る　3</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2010/08/3.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2010://4.82</id>
   
   <published>2010-08-02T08:02:08Z</published>
   <updated>2011-07-20T02:07:19Z</updated>
   
   <summary>そして、いま、自分が観光客めいたのんきな顔つきで、こんなところまでやってくるとい...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      <![CDATA[そして、いま、自分が観光客めいたのんきな顔つきで、こんなところまでやってくるということが、なんとも奇異なことに思われました。


そのあと私は、ゴッホの生活のあとを求めて、アルルの町を、まさしく犬ころのように歩きまわったのですが、あいにく「黄色い家」も、カフェ・ダルカザールも、あるいは爆撃で破壊され、あるいは区画整理のために取り壊されて、もはやその姿をとどめていませんでした。


私は、そのあとに冷やかに広がる広場や道路を、ぼんやりと眺めていましたが、このような欠如が、かえって私の想像力を刺激したようです。


私は、その空白のうちに、ゴッホが、アルル滞在中に写生にでかけた、地中海岸のサント・マリー・ド・ラ・メールも訪れました。<a style="color:#000; text-decoration:none; font-weight:normal;" href="http://mikawa.otaden.jp/" target="_blank">河成鎮</a>一郎氏によると、海の眺めは、ゴッホの、

「地中海はまるで鯖のような、千変万化の色彩で、いつ緑やむらさき、いつ青になるかわからない。


光が変わったと思えば、次の習慣にはバラ色か灰色を帯びているという始末だ」


ということば通りであり、塩からい水が昔ながらの波音をたてていましたが、岸の方は、殺風景な埋立地が続いていて、ゴッホが描いた、鋭くとがった先を持ち、鮮やかな朱や緑に塗られた漁船など、ただの1隻も見ることが出来ませんでした。


しかし、このときもまた、その欠如のうちに、あざやかな船の姿が浮かび上がってくるのを覚えたのです。

]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ゴッホを知る　2</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://anonlthr.com/2010/07/2.html" />
   <id>tag:anonlthr.com,2010://4.81</id>
   
   <published>2010-07-10T07:54:51Z</published>
   <updated>2011-03-09T06:48:16Z</updated>
   
   <summary>耳を切り落としたゴッホはすぐに病院に運ばれます。 しかし「着くとすぐに、また、彼...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://anonlthr.com/">
      耳を切り落としたゴッホはすぐに病院に運ばれます。


しかし「着くとすぐに、また、彼の頭脳は狂乱状態に陥った」のです。


この耳切りに関しては、闘牛の際、闘牛士が、切り取った牛の耳を自分の「婦人」か、気に入った女性の客に贈るという習慣に由来するという説もあるようですが、そのようなことについて、あれこれ詮索しても仕方ないでしょう。


わたしたちとしては、他人を傷つけることと自分自身を傷つけることとの区別がつかなくなったひとつの精神状態を見てとれば足りるのです。


このときゴッホが運びこまれた市立病院は、ファン・ゴッホ病院と名前をかえて今も残っています。


先年アルルにでかけたときに、もちろんこの病院も訪れましたが、建物の様子も庭の眺めも、ゴッホが入院中に描いた作品に見られるものと、大して変わっていないようです。


わたしは、男子病棟の前の、ゴッホが画架をすえたという場所に立って、南仏らしい明るい陽に照らされてしんとしずまりかえった庭を眺めました。


すると突然、私の真後ろの窓越しに、何か話し合っている患者の低い声が聞こえてきて、ひどく心を動かされたものです。


100年近く前、あるいはこの同じ病室で、ゴッホが、薬のにおいや、熱っぽい病人のにおいに囲まれて横たわっていたということが、一種の物狂おしさをもって思い起こされたからです。


      
   </content>
</entry>

</feed>

