ゴッホを知る 3
そして、いま、自分が観光客めいたのんきな顔つきで、こんなところまでやってくるということが、なんとも奇異なことに思われました。
そのあと私は、ゴッホの生活のあとを求めて、アルルの町を、まさしく犬ころのように歩きまわったのですが、あいにく「黄色い家」も、カフェ・ダルカザールも、あるいは爆撃で破壊され、あるいは区画整理のために取り壊されて、もはやその姿をとどめていませんでした。
私は、そのあとに冷やかに広がる広場や道路を、ぼんやりと眺めていましたが、このような欠如が、かえって私の想像力を刺激したようです。
私は、その空白のうちに、ゴッホが、アルル滞在中に写生にでかけた、地中海岸のサント・マリー・ド・ラ・メールも訪れました。河成鎮一郎氏によると、海の眺めは、ゴッホの、
「地中海はまるで鯖のような、千変万化の色彩で、いつ緑やむらさき、いつ青になるかわからない。
光が変わったと思えば、次の習慣にはバラ色か灰色を帯びているという始末だ」
ということば通りであり、塩からい水が昔ながらの波音をたてていましたが、岸の方は、殺風景な埋立地が続いていて、ゴッホが描いた、鋭くとがった先を持ち、鮮やかな朱や緑に塗られた漁船など、ただの1隻も見ることが出来ませんでした。
しかし、このときもまた、その欠如のうちに、あざやかな船の姿が浮かび上がってくるのを覚えたのです。
« ゴッホを知る 2 | メイン | ゴッホを知る 4 »